2026/02/17 18:12


ここで、ちょっと私小説の代表的な作家で、この人を始祖として梶井基次郎、太宰治など破滅型といわれる小説家がつながってくる葛西善蔵の処女作『哀しき父』の一節を以下に抜粋紹介させていただきます。掌編といってもいいくらい短い作品は、一から五に分かれますが、まずは作品の特徴がよく出ている「一」の一部。冒頭から。
 
彼はまたいつとなくだんだんと場末へ追いこまれてゐた。四月の末であつた。空にはもやもやと靄のやうな雲がつまつて、日光がチカチカ桜の青葉に降りそそいで、雀の子がヂユクヂユク啼きくさつてゐた。どこかで朝から晩まで地形ならしのヤートコセが始まつてゐた……
彼は疲れて、青い顔をして、眼色は病んだ獣のやうに鈍く光つてゐる。不眠の夜が続く。ぢつとしてゐても動悸がひどく感じられて鎮めやうとすると、尚襲われたやうに激しくなつて行くのであつた。
(中略)
孤独な彼の生活はどこへ行つても変りなく、淋しく、なやましくあつた。哀しき父彼は斯う自分を呼んでゐる。
 
つぎは「二」の全文です。
 
彼はまだ若いのであつた。けれども彼の子供は四つになつてゐるのである。そして遠い彼の郷里に、彼の年よつたひとりの母に護られて成長して居るのであつた。
彼等は-彼と、子と、子の母との三人で-昨年の夏前までは郊外に小さな家を持つていつしょに棲んでゐたのである。世の中からまつたく隠遁したやうな、貧しい、しかし静かな生活であつた。子供は丁度ラシャの靴をはいてチョコチョコと駈け歩くやうになつてゐたが、孤独な詩人のためには唯一の友であり兄弟であつた。
彼等は縁日で買つて来た粗末な胡弓をひいたり、鉛筆で絵を描いたり、鬼ごつこなぞして遊んだ。棄てられた小犬と、数匹の金魚と亀の子も飼つてゐた。そして彼等の楽しい日課のひとつとして、晴れた日の午後には子供の手をひいて、小犬をつれて、そこらの田圃の溝に餌をとりに行くことになつてゐた。けれども丁度彼等の生活も、迫りに迫つて来てゐたのであつた。従順な細君の溜息がだんだんと力無く、深くなつて行つた。ながく掃除を怠つてゐた庭には草が延び放題に延びてゐた。
金魚は亀の子といつしょに、白い洗面器に入れられて縁側に出されてあつた。彼等の運命は一日々々と迫つて来てゐるのであつたが、子供の為めの日課はやはり続けられてゐた。それが偶々訪ねて来たいたづらな酒飲みの友達が、彼等の知らぬ間に亀の子を庭の草のなかに放してなくなしてしまつた。彼は云いやうのない憂鬱な溜息を感じた。
「はア、カメない、カメノコない……」子供も幾日もそれを忘れなかつた。それからして彼等の日課も自然と廃せられることになり、間もなく、彼等の哀しき離散の日が来てゐたのであつた。 (大正元年八月)
 
筑摩現代文学体系『宇野浩二 葛西善蔵 牧野信一集』より
 
どうでしょうか。わたしにとっては、とても味わい深い作品になっていると感じるのですがね。今の多くの若い皆さんにとっては、いや年配の方々でも、あんまり感情移入できず、面白味もないと感じられるかもしれません。
 
取り上げたものをもってこれが典型的な私小説だ、と主張するつもりはもちろんなく、そう受け取られることをむしろ恐れますが、ただここで大事なことは、シュタイナーが外的知覚の世界に左右されることなく、自律的に生きて真の自由を獲得するには、各個人が内的な世界を打ち立てることだと伝えてくれていることです。ここでもう一度、伊藤整の言葉の紹介になります。
 
 
日本人の伝統的思考法では、孤立、逃避、遁世は、ほとんど潔癖感と正義感と安定感の同義語とすらなっている。現世即ち実社会は「濁世(じょくせ)」である。その秩序を論理的に他との共感で改めようとした、という考え方の例は少い。則ち理想社会の夢想や設計の文学が少い。
(中略)
明治期や大正期の文学者たちが、その時代に強力な組織をなしていた日本の官界や実業界へ入って行かない青年たちから出たことは、かなり目立っている。彼らの中のかなり多くは大学の中途退学者である。すでに学生時代に、学校の組織の中に、彼らはヨーロッパ文学で理解したところの、人間性を許容しない死滅した形式主義があるのを見てとった。しかし一方では彼らを受け入れるより自由な社会がなければならない。それを彼らは僧侶生活や巷の遊芸人生活の中に見出さずに、まだ組織というほどのものを持っていなった未成熟な実業であった出版や新聞の社会に見出した。文筆の能力を持った自由な考え方をする人間が生きることのできる社会からは、明治から大正にかけて出版、新聞社の中にあった。
 
ひるがえって現代はどうでしょう? そうやって生活の保障がなされ、その人らしい表現をつづけられる場はすでになくなってしまっています。というのは、出版・ジャーナリズムの世界が倫理観を失い堕落したばかりではありません。
読者が獲得できる市場がなくなったともいえます。すると、どこに違いがあるのかという疑問が湧いてきます。
今日の読者が求めているのは、真摯に日常生活を送る中で小さな物事からも喜びや気づき得て、それが精神的な成長につながることよりも、空想の物語世界に遊び、しばし辛い現実、潤いなく干からびた日常を忘れようとすることではないかという気がします。
 
 
伊藤整は、「明治の終り頃から彼らの書いた物語の多くのものは、自伝小説となった」のですが、「それは、日本社会の堅気な勤め人や店員や経営者や教師になれなかった自分、家庭人として円満に生きれなかった自分の、歎きや悲しみ」であり、「またそういう屈辱的な制度や因習の奴隷とならずに、極めて貧しくしか支払われない売文者たることの誇りを述べたもの」が商品として成り立ったのは、確実な読者があったからだと述べています。
 
「その読者は、前記のような、勤務したり、御用聞きをしたり、上役にへつらったりする濁世をのがれて、自由で孤独で嘘を言わなくてもいい理想的な人間生活をしている作者の生活に接する喜びを味わっているのである。読者は、自分が持ちたいと思っても持ち得ない自由で清潔な嘘のない生活を実演している一人の俳優を、その作者に見ているのである。」
 
しかし、伊藤整は、手厳しい批判を加えることも忘れません。
 
「しかし、この人間イメージは連帯的善行を避け、孤立が可能であるという妄想の上に作られたものである。」
 
ここで、わたしは私小説に積極的な意義を見出そうとします。なぜなら、今の社会では人と人との関わりが表面的になっています。心の内部を見たり、十分に自己に向きあい考えている人でなければ、他人と接して深い層での共鳴や相互理解が起こる可能性もなけば、感化をおよぼしあう可能性も少ないはずです。そんな環境にあって、大正期や昭和初期の私小説の世界を味わうというのは、単に他人の生活に好奇心をもってのぞいてみる、ということ以上の貴重な機会になり得ると考えます。
 
今日、「小説家になろう」などの投稿サイトを盛況にしている若い表現者たちの意識の向かうところはどこか。時空を自在に往き来する「タイムリープもの」とアニメの世界で呼ばれるものや自分が戦闘シーンに入りこみ、バトルの興奮を楽しむゲーム、舞台を遠い過去の時代に設定して騎士役の登場人物に感情移入するといった楽しみ方が中心になっていて、もはや作品が生活に結びつくことがなく、むしろ空想に耽ることに逃避できるという意味でエンタ-テイメント性が市場の最大のニーズになっているのではないかと感じています。
 
そして、わたしの関心はひとつ。シュタイナーがいうところの「一人一人の人間に関心を抱かざるをえない何かを人類は経験するだろう」ということです。
 
(初出有料メールマガジン『からだと魂と霊をつなぐ読書生活』通巻57号)